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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)8015号 判決 1998年3月31日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

冠木克彦

被告

津久野駅前ショッピングセンター協同組合

右代表者代表理事

北口勝英

右訴訟代理人弁護士

阪上健

坂本政敬

佐田元眞己

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成七年八月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、新聞報道により名誉を毀損されたとして、その情報提供者に対し損害賠償を求める事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、津久野駅前ショッピングセンターの商店主を組合員として昭和五一年に設立された協同組合で、組合員の共同売出しや組合員の債務の保証等を事業目的とする法人であり、原告は、被告の初代代表理事だった者である。

2  株式会社毎日新聞社(以下「毎日新聞」という)は、平成七年六月一〇日付朝刊社会面に、「堺の公団住宅、15室無法また貸し、一階の商店組合元理事長、家賃2倍差額着服」との見出しで別紙の記事(以下「本件記事」という)を掲載したが、右にいう「元理事長」とは原告のことを指している。

二  争点及び当事者の主張

1  争点

被告は、本件記事について毎日新聞に虚偽情報を提供して本件記事を掲載させ、原告の名誉を毀損したか。

2  原告の主張

本件記事の内容は、事実に反していることが明らかであり、原告の社会的信用名誉を著しく毀損するものである。そして、被告は、現代表理事になってから、原告と被告間の民事訴訟が六件あるなど原告に対し悪意をもっており、その記事内容には被告組合員しか知らない事実があり、被告の現代表理事らが、原告の信用及び名誉を傷つける目的を持って、毎日新聞に積極的に虚偽の事実を提供して記事の掲載を策動したものである。

現に、津久野駅前ショッピングセンター内には、本件記事に右センター内での原告の呼称として通用している「すしや」と書き加えたうえ貼り付けられており、虚偽情報の提供は被告によるものとしか考えられない。

3  被告の主張

被告の組合員が毎日新聞の取材を受けたことはあるが、被告を代表する形で取材を受けたことはない。被告が新聞記事をショッピングセンター内に掲示した事実はない。なお、民事訴訟は本件を含めて四件である。

第三  当裁判所の判断

一  甲第一ないし第二五号証、検甲第一の一ないし七号証、乙第一ないし第四号証、証人和泉かよ子、同和田眞理子の各供述及び弁論の全趣旨により認められる事実は以下の通りである。

1  津久野駅前ショッピングセンターの入居する五階建てビルは、昭和三九年に駅前商店街の商店主らの所有地を借地として当時の住宅公団が建築した公団アパートであるが、一階には各商店主が店舗を構え、その直上階は公団から同人らの従業員の住宅等として賃貸されていた。そして、昭和五一年に右商店主らを組合員とする被告が設立されてからは、従業員の退職等でアパート部分の賃貸借が終了した場合には、将来の払下げに支障を来すことを懸念して、当時の被告代表者であった原告が原告名義などで公団から右各部屋を賃借して空家賃を支払ったり、さらに平成になったころには公団の黙認下に第三者に転借して管理する状況が続いていた。

2  被告は、原告を代表者として、被告組合員に対する融資目的で商工組合中央金庫から資金を借入れ、昭和五三年九月に被告所有の堺市津久野一丁二番一の土地(以下「本件土地」という)に根抵当権を設定していたところ、返済を滞ったことから昭和六三年に競売開始決定を受けたが、その際には原告の二男から二五〇〇万円の借り入れをするなどして競売申立の取下をしてもらい事態の解決を図った。しかし、これを契機に、原告とその専断を危ぶむ組合員との間で内紛が生じ、平成元年原告に対して職務執行停止仮処分の申立がなされ、原告が平成三年三月二五日被告の総会において代表理事を解任されるなど、今日まで、訴訟の提起、刑事告訴を含む対立関係が継続している。

3  右の状況の下、被告代表者北口勝英は、平成六年秋ころ、毎日新聞堺支局に対し、電話で、公団の賃貸物件を一私人である原告が事実上管理して第三者に賃貸しているとの問題状況を訴えた。

4  そうして、毎日新聞堺支局の山手秀之及び和泉かよ子記者は、平成七年五月上旬から中旬にかけて、右問題についての取材を開始し、まず北口を始め被告組合員らに取材し、前記公団の部屋の一部が民間の仲介業者を通じて賃借人の募集がなされている事実、民間業者のチラシに賃料四万円程度の記載があるのに対し正規の賃料は二万円位である事実、被告の執行部により公団に対処を申し入れているのに放置されている事実などの説明を受けた。そして、このような事実が問題となった経緯として、前記の根抵当権設定から競売開始決定、職務執行停止仮処分等の事情をも取材した。さらに、和泉らは、公団の中村大作前泉北営業所営業課長、次いで、関西支社広報担当者、業務課の担当者に対し数度にわたり取材をしたが、その全貌を把握してから是正をお願いするとか、定期検査が回ってくるからその中で対処したいとかの要領を得ない返答ばかりで、公団が右事実を知りつつ特段の対策をとっていないとの心証を得た。

5  山手及び和泉は、同年六月三日、右事実を確認するため、直接原告に対して取材したが、当時原告は公団の部屋の少なくとも一一室について正規の賃料の約1.1倍から2.1倍程度の家賃を居住者から徴収していたところ、原告からは、複数の部屋の転貸の事実を認めることを前提として、賃料の差額は公団の部屋のペンキ塗り、風呂修繕、シャワー取り付け、畳及びふすま清掃等をするための費用に充てているのであって原告の利得を目的とするものではないこと、原告が管理していた各部屋の家賃台帳の束を示され公団から転貸を黙認されていること、さらに、原告と被告執行部との間に訴訟を含めた確執があることを取材した。山手らは、原告から、本件土地の前記根抵当権設定や競売の取下をしてもらうための二男からの借財に絡む訴訟の判決書を示されたが、取材目的である転貸の事実は確認したし、根抵当権設定については原告の解任の契機に過ぎず、登記簿謄本も入手していたため特に関心を示さなかった。

6  そして、和泉記者らは原告と公団の関係あるいは経過はともかく、原告の説明によっても、私人である原告が公団アパートを転貸することが一般の社会を納得させるものではないと考え、その結果、毎日新聞は本件記事を掲載した。

7  なお、平成七年六月一五日には、本件記事が、津久野駅前ショッピングセンター内及び公団住宅内の五カ所に掲示され、その内の一つには見出し部分の「組合の元理事長」との記載に向かって、原告の呼称である「すしや→」と書き加えられていた。

二  思うに、報道機関により公表された記事による名誉毀損が問題とされる場合、その情報提供者に対し不法行為責任を問うためには、当該情報提供者に故意又は過失を要すると共に、情報提供と名誉を毀損したとされる当該記事の掲載との間に相当因果関係を要する。そして、報道機関が他からの情報提供に取材、報道の契機を得る場合にも、例えば、犯罪報道に関する警察発表のように、捜査機関による強力な情報収集能力、専門的捜査能力を駆使して得られた情報の提供を受けるようないわば官公庁情報に取材源を置く場合と、投書等による一般私人からの情報に情報源を置く場合とに大別され、前者にあっては、それが一定の信頼度を置くことのできる情報で公共の利益に直結し、かつ、報道の迅速性を要することから、報道機関が逐一発表内容の裏付け取材をすることなくそのまま報道されることが多いので、情報提供者においても当該提供情報に即した記事が掲載される蓋然性が高いことを容易に予見できるが、後者にあっては、極端な場合対立当事者の私怨をはらす目的で虚偽情報を提供することもあり得ることから、報道機関による慎重な裏付け取材と独自の判断により報道がなされるのが通常であって、その反面として情報提供者としては報道機関の独自の取材と報道機関の独自の判断により報道の有無が決せられることを予見するのが通常である。

本件についてみると、本件記事掲載の契機こそ被告代表者によるものであるが、前記認定事実のとおり、被告組合が毎日新聞に提供した情報が虚偽情報にも及ぶと認めるに足りる証拠はない上、仮に被告が提供した情報に何らかの虚偽があったとしても、毎日新聞は、原告と被告の間に長期間にわたる訴訟を初めとする確執が存在していることを十分に認識していたのであって、被告の執行部において毎日新聞が裏付け取材等を経ないで情報を鵜呑みにするとは到底予見できず、現に、毎日新聞による前記のとおりの被告代表者北口、被告組合員の他、公団の複数の担当者や原告自身に対する独自の取材をした上で、独自の判断に基づき本件記事の見出し、中見出し等の構成や文章の字句を作成し、記事として掲載したというべきであり、被告代表者による情報提供と本件記事との間には相当因果関係は到底認められない。

三  よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡邉安一 裁判官今井攻 裁判官武田正)

別紙<省略>

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